大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和60年(ネ)232号 判決

昭和六〇年(ネ)第二三一号事件控訴人 字原昌子

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 田中克郎

同 松尾栄蔵

同 伊藤亮介

昭和六〇年(ネ)第二三二号事件控訴人 株式会社 和創ハウジング

右代表者代表取締役 朝倉重夫

右訴訟代理人弁護士 内田雅敏

右両事件被控訴人 有限会社東京タウンホームズ

右代表者代表取締役 松本康二

右訴訟代理人弁護士 河野曄二

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人字原透は、被控訴人に対し、金八〇万円及びこれに対する昭和五八年四月一二日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  控訴人株式会社和創ハウジングは、被控訴人に対し、金一七〇万円及びこれに対する昭和五八年九月六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人の控訴人字原透及び控訴人株式会社和創ハウジングに対するその余の請求並びに控訴人字原昌子に対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用中、控訴人字原透と被控訴人との間に生じた分は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人字原透、その余を被控訴人の各負担とし、控訴人株式会社和創ハウジングと被控訴人との間に生じた分は、第一、二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人株式会社和創ハウジング、その余を被控訴人の各負担とし、控訴人字原昌子と被控訴人との間に生じた分は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

三  本判決中、被控訴人勝訴の部分は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める判決

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の控訴人らに対する各請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件各控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張

次に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人字原昌子及び控訴人字原透

右控訴人両名は、不動産取引には全く無知な者であるから、不動産仲介業者である被控訴人は、同控訴人らに対して十分事実を開示し、誠実に行動すべき義務がある。しかるに、被控訴人は、自己の利益追求に走るあまり、同控訴人らに対して次に述べるような不信行為を行い、仲介報酬を一人占めにしようとしたため、本件紛争が生じたのであり、かかる立場にある被控訴人が同控訴人らに対して仲介報酬を請求することは、いわゆるクリーンハンドの法則により、信義則上許されないというべきである。

1  被控訴人は、昭和五七年一二月の時点では、控訴人字原昌子(以下「控訴人昌子」という。)に対し本件物件の価格が八〇〇〇万円程度になると伝えていたにもかかわらず、昭和五八年一月になると、同控訴人の足元をみたのか前言を翻して右金額を一挙に八四〇〇万円に引き上げ、同控訴人らに不信感を与えた。

2  本件物件については、少なくとも昭和五八年一月八日及び一月九日の両日は控訴人株式会社和創ハウジング(以下「控訴人和創」という。)が優先仲介権を有しており、被控訴人には仲介権がなかった。控訴人昌子はこれを知らずに同月八日に手付金として八〇〇万円を被控訴人に持参したのであるが、被控訴人は、控訴人和創に優先仲介権があることを知っていたのであるから、その事実を控訴人昌子に開示するのが不動産仲介業者として当然であったにもかかわらず、あえて右事実を秘匿し、単に二日以内に売れなかったら契約する旨を申し述べて、性質の曖昧な五〇万円を同控訴人から受領した。同控訴人としては、かかる仲介の仕方に非常な不信を抱き、後記3の事実とも相まって控訴人和創と直接接触することとしたのである。

3  右一月八日に控訴人昌子と控訴人字原透(以下「控訴人透」といい、両名を合わせて「控訴人昌子ら」ということがある。)は、被控訴人社員の案内で本件物件の現地に赴いたところ、現地では控訴人和創が販売キャンペーンを行っており、一見して本件物件の販売に当たっているのは控訴人和創であることがわかる状態であった。それ故に、右被控訴人社員は、控訴人昌子らに対し、現地では一切口をきかないようにと差し止め、同控訴人らが真相を知ることができないようにした。同控訴人らは、その意味を理解しえないまま、その場では不動産取引の練達者である右社員の助言に従ったのである。もし被控訴人が仲介業者としての善管注意義務を履践し、その時点で控訴人和創と話をつけていれば、本件紛争を未然に防止できたことは明らかである。

二  控訴人和創

1  控訴人和創が本件物件について有していた優先仲介権は、同控訴人がチラシ広告等の費用を負担していることから認められたものであって、合理的な根拠があり、優先仲介期間中は他の仲介業者の仲介行為を一切排除する強い拘束力及び優先性を有するものである。そのため、被控訴人は、右期間中は本件物件について控訴人昌子らの依頼による仲介を実行することができなかったものである。

2  したがって、控訴人昌子らと被控訴人との間においては、一月八日の時点ではまだ仲介行為は成立していないのであり、しかも、同控訴人らは、前記一2及び3主張のような事情から被控訴人の仲介に不安を感じ、二日間待たされている間に他の買主が現れて自分が購入できなくなることをおそれて控訴人和創の仲介を受けたのであるから、右仲介に問題はない。なお、控訴人和創の仲介によって売買契約が成立した際に買主名義を池田宗道としたが、右池田は控訴人昌子の娘婿であって、当初同人らのために建物を購入することから出発した経緯もあり、全くの架空名義を用いたものではない。

三  被控訴人

1  控訴人昌子及び同透の信義則違反の主張は争う。

被控訴人が控訴人昌子に対して、本件物件の価格が八〇〇〇万円程度になるという確定的な表示をしたことはない。また、被控訴人は、一月八日及び一月九日の二日間は控訴人和創が売出しをしているため契約締結は一月一〇日午後にしてもらいたい旨を控訴人昌子に伝えており、同控訴人もこれを了解していたものである。

控訴人昌子らは、昭和五七年一二月に被控訴人から初めて本件物件を紹介され、現地の案内も受け、価格も八九八〇万円のところを八四〇〇万円まで値引きしてもらい、契約締結を一月一〇日まで待つことを了承しておきながら、秘かに控訴人和創と接触し、価格を被控訴人の仲介価格よりも更に二五〇万円も値引きさせ、しかも、被控訴人に対して右事実を隠蔽するため虚偽の買主名義を用いるなどしているのであり、控訴人昌子らこそ信義則違反の行動をとっているというべきである。

2  控訴人和創の優先仲介権なるものは、売主と仲介業者との間の債権的な拘束にとどまるものであり、他の仲介業者の仲介権限に何ら影響を及ぼすものではないのみならず、本件のように右優先仲介期間前に他の仲介業者が仲介に着手し、既に物件を特定の買主に紹介し、当該業者の努力によって代金額及びその支払方法等もおおむね合意に達して契約締結を待つばかりとなっている場合に、当該業者を差し置いてその買主と契約をすることまでを正当化するものでないことは条理上からも明らかである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、被控訴人及び控訴人和創は不動産売買の仲介を業とする会社であることが認められるところ(被控訴人の右営業内容については、控訴人和創との関係では争いがない。)、昭和五八年一月、控訴人透が控訴人和創の仲介により、訴外モリシタ産業株式会社(以下「モリシタ」という。)から本件物件を買い受けたことは、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すれば、右売買に関する経過として次の事実を認めることができる。

1  建売住宅の販売業者であるモリシタは、昭和五七年九月ころ完成間近かであった本件物件を売り出し、都内の二〇〇〇くらいの不動産仲介業者に仲介依頼のための案内をしたが、同年一二月中旬ころ、従来比較的取引の多かった控訴人和創からの申出に応じ、昭和五八年一月八日から一月一〇日までを同控訴人の優先仲介期間とすることとし、同控訴人は、その見返りとして、新聞折込用の図面入り広告を二〇万枚くらい印刷して配布するなどの方法により売込みに当たることとなった。

2  当時の業界の慣行によれば、控訴人和創の優先仲介期間とされた右一月八日から一月一〇日までの三日間は、売主であるモリシタに他の仲介業者からの仲介が持ち込まれてもこれには販売せず、控訴人和創の仲介を優先させるというものであるが、もし特定の買主について既に他の業者が仲介を進めており、これと同一の買主について控訴人和創から仲介があったような場合には、両業者間の話合いによって調整し、調整がつかなければ時間的に早い仲介の方を優先させることもありうるのであった。

3  ところで、控訴人昌子は、娘夫婦の住居を昭和五八年一月二〇日ころまで入手する必要に迫られて建売住宅などを探していたが、昭和五七年一二月二五日ころ被控訴人を訪ね、その社員脇川栄二の案内で本件物件を含む五か所ほどの物件を見分したところ、販売価格八九八〇万円で売り出されていた本件物件が気に入り、これを購入したいと思った。控訴人昌子と娘夫婦は、その二、三日後にも右脇川から本件物件を見せてもらったうえ、家族間で相談した結果、娘夫婦は控訴人昌子の子である控訴人透が当時居住していた家屋に入居し、代わりに控訴人透が本件物件を購入してこれに居住することになった。

(控訴人昌子が昭和五七年一二月二五日ころ被控訴人社員から五か所ほどの物件を案内され、本件物件が気に入ったこと及びその後にも本件物件を見せてもらったことは、控訴人昌子らとの関係では争いがない。)。

4  かくして、控訴人透のために本件物件を購入する意思を固めた控訴人昌子は、その旨をあらかじめ被控訴人に伝えたうえ、昭和五八年一月八日、売買契約を締結するつもりで被控訴人事務所に赴き、控訴人透の代理人として、被控訴人に正式に買受けの仲介を依頼し、担当取締役小山進と売買条件の交渉をした。控訴人昌子としては、買受価格は八〇〇〇万円くらいに値下げしてもらえるものと期待していたが、小山から、売主の意向で八四〇〇万円以下には値下げできないといわれ、これに不満ではあったものの、前記3のような事情から本件物件を是非入手したかったため右八四〇〇万円の代金を承諾した。

その場で、小山がモリシタに対し、本件物件の買主がついた旨を電話連絡したところ、モリシタでは、右売買の件を決定してもよいとの一応の判断がなされたものの、前記のとおり、一月八日から一月一〇日までは控訴人和創の優先仲介期間として売出しを行わせている関係から、少なくとも買主がつきやすい一月八日(土曜日)及び一月九日(日曜日)の両日については控訴人和創の引合いの様子をみたうえでその後に被控訴人からの仲介の件を決定することとし、前記小山に対して、控訴人和創が売出中であるので契約締結は一月一〇日まで待つよう指示した。そこで、小山は控訴人昌子に対し、「事情があって他の会社で売出しをしているため、今日は契約できない。一月一〇日午後まで待ってほしい。そのとき売れ残っていたら契約する」旨を伝え、控訴人昌子も不本意ながらこれを一応了承し、改めて一月一〇日午後一時に被控訴人から連絡のうえ売買契約を締結すること、その代金は八四〇〇万円とし、うち一割を手付金として契約時に支払い、残金を一週間ないし一〇日後に支払うことなどを取り決めた。当日、控訴人昌子は、売買契約の成立を見込んで手付金用に八〇〇万円を持参していたが、右の事情で契約締結に至らなかったため、とりあえず五〇万円を被控訴人に預け、買主となる控訴人透名義でその預り証を受け取った。

(控訴人昌子が被控訴人から代金八四〇〇万円ならば売主が売却に応ずる旨伝えられたこと及び五〇万円を被控訴人に預けたことは、控訴人昌子らとの関係では争いがない。)。

5  控訴人透は、一月八日午後、控訴人昌子とともに前記脇川の案内で本件物件を見に行き、現地で控訴人和創の担当者が幟を立てて販売キャンペーンを行っているのを目撃して、他の買主がつくのではないかとの不安を募らせたが、脇川から、現地では一切口をきかないよういわれていたので、そのまま帰った。しかし、右の不安を押さえきれず、前記のような被控訴人の応対を納得しかねた控訴人透は、翌九日午後、再び本件物件の現地に赴き、その場で売出しに当たっていた控訴人和創の社員萩原喜一と接触したところ、本件物件にはまだ買手がついておらず、価格も八四〇〇万円より更に値下げする気配であったので、同日夜控訴人透方で具体的な話をすることとした。右萩原は、代金を八一五〇万円とすることについてあらかじめモリシタの了解を取りつけたうえ、同日夜控訴人透方を訪問し、同控訴人との間で本件物件を代金八一五〇万円で売買することを合意し、一月一〇日午前一〇時に控訴人和創の事務所で契約の手続をすることを取り決めた。

その際、控訴人透は、右萩原に対し、本件物件については既に被控訴人の仲介を受けている経過を告げて、このまま控訴人和創の仲介で契約した場合に被控訴人との間で後日紛争が生じるのでは困る旨の懸念を表明したが、これに対し、右萩原は、一両日は控訴人和創に優先仲介権があるので全く心配がないこと、しかし、被控訴人を刺激しないよう買主の名義は「字原」とは別人にした方がよいことなどを教示し、控訴人透もこれを受け入れて、買主名義を控訴人昌子の娘の夫である池田宗道とすることとした。

6  一月一〇日午前、控訴人昌子らは、控訴人和創の事務所に赴き、萩原に対し重ねて被控訴人との関係について念を押したが、大丈夫であるとのことであり、同控訴人らとしても、被控訴人の仲介で売買契約ができる時まで待っている間に本件物件が他に売却されてしまうのが心配であったこと及び価格の点でも被控訴人より安かったことから、萩原にいわれるまま、前記池田宗道名義でモリシタとの間の売買契約書に署名押印し、実際には控訴人透がこれを買い受けた。そして、同日手付金三〇〇万円を支払い、同月二〇日に改めて買主を控訴人透名義に書き換えた契約書を取り交わし、残代金七八五〇万円を支払い、かつ、控訴人透に対する登記手続を了した。

(控訴人透が控訴人和創の仲介によりモリシタから本件物件を池田宗道名義で買い受け、その登記手続を了したことは、当事者間に争いがない。)。

7  一方、被控訴人は、一月一〇日モリシタから、「池田」なる者との間で売買が成立したので「字原」への仲介の件は断念してほしい旨連絡を受けたので、控訴人昌子にその旨伝えるとともに、約一週間後に前記の預り金五〇万円を同控訴人方に持参して返還したが、同控訴人は真相を秘したままこれに応対した。また、控訴人透は、前記萩原から、被控訴人の担当者が後日本件物件を見にきた際に問題が起こらないようにするため池田名義の表札を掲げておくよう勧められ、買受後しばらくの間そのとおりにしていた。

8  控訴人和創は、控訴人透に対する本件物件の仲介による手数料として、同控訴人から二五〇万円を受領したが、モリシタからは売買代金を値引きさせた関係もあって五〇万円を受領したにとどまった。

以上の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

被控訴人は、控訴人昌子が控訴人透との共同買受人の立場で被控訴人と交渉したものであると主張するが、これを認めるべき的確な証拠はなく、右認定事実に照らせば、控訴人昌子は、専ら控訴人透の代理人として被控訴人と仲介委託契約を締結したものと認めるべきである。また、控訴人昌子らは、《証拠省略》において、被控訴人が脇川に本件物件を案内させたときはその価格が八〇〇〇万円程度になるといいながら、後に足元をみてこれを八四〇〇万円に引き上げたかのように供述するが、《証拠省略》に徴し、被控訴人が右八〇〇〇万円程度の価格を確定的なものとして表示したとまでは認めることができず、右控訴人らの供述は採用しがたい。

三  右認定事実に基づき、まず、被控訴人の控訴人昌子らに対する仲介報酬請求について判断する。

1  被控訴人は、商人であるから、仲介委託契約に基づく仲介によって売買を成立させた場合には、委託者との間で報酬についての約定がなされていなくても(本件において被控訴人と控訴人昌子らとの間に右報酬に関する約定がなされていたことを認めるに足りる証拠はない。)、商法五一二条の規定により、委託者に対して相当の報酬を請求することができるものであるが、前記認定のような事情によって仲介が成功するに至らなかった場合の報酬請求権の有無又はその数額については、民法一三〇条の法理ないしその基礎をなす信義則に照らし、具体的な事実関係に即してこれを決するほかはない。

2  ところで、前記認定によれば、被控訴人は、控訴人昌子に本件物件を紹介、案内したうえ、昭和五八年一月八日に控訴人透の代理人としての控訴人昌子から正式に買受けの仲介委託を受け、売買価格及びその支払方法等について売主であるモリシタとの間の調整も済ませてこれを確定し、一月一〇日までに控訴人和創の仲介による他の買主がつかなければ、同日午後に売買契約を締結するところまで仲介を進めたものである。一月八日から三日間は控訴人和創の優先仲介期間とされていたが、被控訴人は、控訴人昌子から右仲介委託を受けた際、他の業者が売出中であるため売買契約は一月一〇日午後にならなければ締結できないこと、そのときまで本件物件が売れ残っていたら契約ができることを伝えており、同控訴人も不本意ながら一応これを了承しているのであるし、また、被控訴人が右の段階で売買の成立を見越して同控訴人から五〇万円を預かったことも、特に不当というほどのことではない。被控訴人が、本件物件の買受けを強く希望する控訴人昌子らに対し、自己の仲介を成立させるため、二日間売買契約の締結を待たせ、その間他の買手がつくかも知れないとの不安を抱かせたことは、仲介業者として最善を尽くしたものとはいいがたく、とりわけ一月八日午後に同控訴人らを現地に案内した際の被控訴人社員脇川の言動は不明朗といわざるをえないが、本件における被控訴人の同控訴人らに対する応対を全体としてみれば、同控訴人らの主張するように、あえて事実を秘匿するなど不動産仲介業者として許されない不信行為を行ったものとまで非難することは当を得た見方とはいいがたい。したがって、被控訴人が自己の仲介の成功により控訴人透に対して取得しえた報酬請求権をもって保護に値しないものとすることはできない。

3  しかしながら、被控訴人の右仲介は、控訴人和創の優先仲介期間内に行われたものである以上、同控訴人から別の仲介があればこれに譲らざるをえなかったものであり、その限りにおいて被控訴人の右仲介の成行きないしはそれが成功することに対する被控訴人の期待は不安定なものであったというべきである。他方、控訴人昌子らとしては、本件物件を是非入手したいと望んでいたものであるから、被控訴人から契約の締結を待たされている間に前記のような事情から控訴人和創と接触し、同控訴人から一両日は優先仲介権があるといわれ、同控訴人の仲介ならばすぐ契約の締結が可能であり、価格も一層希望にそうものであることが判明したという情況下では、不動産取引に通じない一般の買主である控訴人昌子ら(この点は弁論の全趣旨から認める。)が控訴人和創の仲介を受けて本件物件を確保しようとしたことも、あながち無理からぬところといわなければならない。控訴人昌子らは、控訴人和創の仲介を受けるにあたり、被控訴人との紛争発生を懸念し、控訴人和創に従来の経過を告げて問題が生じないか否かを確認したうえ、控訴人和創の教示に従って行動したものであり、被控訴人に対して事実を秘したまま行動したことは批判を免れないが、控訴人和創の仲介を受けたこと自体を著しく信義に反するものということはできない。

これらの諸事情(控訴人昌子らが控訴人和創の仲介で売買したことにより結局二五〇万円の代金減額を得たことを含めて。)を勘案し、前述した法理に従って考えれば、被控訴人は、自己の仲介が控訴人らの行為により成功しなかったにもかかわらず、仲介委託契約の当事者である控訴人透に対して報酬請求権を有するものというべきであるが(特に同控訴人が本件物件を知りえたのは被控訴人の紹介によるものであることを軽視することはできない。)、その報酬額は、被控訴人の依拠する昭和四五年建設省告示第一五五二号所定の割合により算定した額のほぼ三分の一に当たる八〇万円とするのが相当である。

5  被控訴人は、控訴人昌子に対しても、控訴人透に対するとの同額の報酬を請求するが、控訴人昌子が控訴人透の代理人として被控訴人と仲介委託契約を締結したものであることは前記のとおりであるから、右仲介が成功した場合でも、特段の事情のない限り、被控訴人は、控訴人昌子に対して直接報酬の支払いを請求しうる筋合ではなかったものと認められる。そうであるとすれば、民法一三〇条の法理又は信義則を適用する関係においても、同控訴人に控訴人透と同様の報酬支払義務を認めることは到底できないというべきであり、控訴人昌子に対する被控訴人の請求は理由がない。

四  次に、被控訴人の控訴人和創に対する損害賠償請求について判断する。

1  既に認定したとおり、本件物件については一月八日から三日間が控訴人和創の優先仲介期間とされていたが、右期間中であっても、もし特定の買主について既に他の仲介業者が仲介を進めており、これと同一の買主について控訴人和創から仲介があったような場合には、両業者間の話合いによって調整するか、時間的に早い仲介の方を優先させることも予定されていたものである。本件において、控訴人和創は、控訴人透と接触した際、同控訴人から、本件物件について既に被控訴人の仲介を受けている経過を知らされたのであるから、被控訴人が売主であるモリシタからも仲介報酬を取得しうる立場にあることを知りえたものであり、しかも、被控訴人との関係について懸念を示す控訴人透らに対しては、あたかも絶対的優先権があるかのごとく申し向け、第三者名義で契約するなどの作為をするよう同控訴人らに勧めて、自己の仲介による買受けを行わせたものであることが明らかである。

かかる控訴人和創の行為態様に徴すれば、同控訴人が被控訴人の仲介を途中で挫折させて、モリシタに対して取得しうべき報酬請求権を侵害したことは、被控訴人に対する不法行為を構成するものというべきであり、控訴人和創は、右不法行為によって被控訴人の被った損害を賠償する義務を免れない。

2  しかるところ、《証拠省略》によれば、被控訴人とモリシタとの間においては、被控訴人の右仲介につきモリシタが予定代金額八四〇〇万円の約三パーセントに当たる二五〇万円程度の報酬を被控訴人に支払うとの了解があったことが認められるが、右仲介は、前記のとおり控訴人和創の優先仲介期間中のものであるため、被控訴人の得べかりし報酬には不確定要素が伴っていたことなどを考慮すると、右得べかりし報酬の喪失による損害額は、右二五〇万円のほぼ三分の二に当たる一七〇万円とするのが相当というべきである。

五  以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は、控訴人透に対し金八〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年四月一二日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを、控訴人和創に対し金一七〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年九月六日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める限度において理由があり、これを認容すべきであるが、同控訴人らに対するその余の請求及び控訴人昌子に対する請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきである。

六  よって、これと趣旨を異にする原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 佐藤繁 裁判官塩谷雄は差支えのため署名捺印することができない。裁判長裁判官 村岡二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例